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広島地方裁判所福山支部 昭和56年(ワ)160号 判決 1984年7月06日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立

(一)  原告

「被告は原告に対し金一二五万円とこれに対する訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに訴訟費用を除く部分につき仮執行の宣言を求める。

(二)  被告

主文同旨の判決を求める。

二  当事者双方の主張

(一)  請求原因

1  原告は次の交通事故により頸部捻挫の傷害を受けた。

(イ) 発生日時 昭和四九年六月二七日午後九時三〇分ころ

(ロ) 発生場所 福山市南手城町一二一二番地先路上

(ハ) 加害車両 普通貨物自動車(福山四四せ二一二五)

同運転者 被告

(ニ) 被害車両 普通貨物自動車

同運転者 原告

(ホ) 事故態様 加害車両が信号待ちのため停車中の被害車両の後部に追突した

2  右交通事故は被告の前方不注視の過失により発生したものであるから、被告は右事故により原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。

3  原告は、本件事故による受傷のため、昭和四九年六月二七日(事故当日)から同年一一月八日まで福山市王子町の山手整形外科病院(実治療日数三二日)、同月五日から昭和五一年一月二八日まで岡山県倉敷市の川崎医科大学附属病院(実治療日数四日)のほか、併せて鍼医師の治療も受け、さらに昭和五六年四月六日以降福山市曙町の島谷病院に通院加療中であるが、前記頸部捻挫の後遺症である頸肩腕症候群、陳旧性頸部捻挫、頸性頭痛の傷病に悩まされており、現在なお十分に仕事ができない。

すなわち、原告は、本件事故当時、早朝はAB軒という寿司屋の配達を手伝うとともに、なかしま宣伝社に勤務しており(前者は日給一、五〇〇円ないし二、〇〇〇円、後者は一日当り平均賃金五、一〇〇円であり、したがつて、原告の一日当りの収入は少くとも五、五〇〇円を下らなかつた)、主として自動車の運転を必要とする職務内容であつたところ、本件事故による後遺障害のため自動車運転の業務に従事することができなくなり、そのため右の二つの職を失つてしまい、他への就職も後遺障害のために出来ず、妻の収入により生計を支えざるを得なかつた。昭和五五年八月、漸く株式会社小川長春館に入社したものの、やはり後遺障害のため今日まで長期欠勤状態にある。

4  右のような本件事故による後遺障害のため原告の蒙つた損害は次のとおり金一二五万円である。

(1) 逸失利益 金五〇万円

原告の一日当り収入を五、五〇〇円、昭和五〇年から昭和五五年までの〔更正決定 昭和五〇年一月一日から昭和五四年一二月三一日までの〕五年間労働能力を五パーセント失つたものとして算出した(一万円未満は切捨て)。

五、五〇〇円×三六五日×〇・〇五×五年=金五〇万一、八七五円。

(2) 慰藉料 金七五万円

5  よつて、原告は被告に対し本件事故による損害賠償として金一二五万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求原因に対する答弁及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実も認める。

3  同3のうち、原告が本件事故による受傷のため原告主張のとおり山手整形外科病院と川崎医科大学附属病院で治療を受けたことは認めるが、その主張のような後遺症に悩まされており、現在なお十分に仕事ができないことは争う。その余の事実は知らない。

4  同4の事実は争う。

5  原告は後遺症補償を請求しているが、原告に後遺症はないものと断定できる。

すなわち、原告は、昭和四九年一一月一六日治癒し、保険会社を通じ自賠責調査事務所へ後遺障害の請求を行つたところ、後遺障害の等級に非該当との結果になつたので(乙第三号証)、これを不服として二回目の診断書により再請求をしたが、自動車保険料率算定会東京本部の調査により再び後遺障害非該当となつたものである(乙第五号証)。〔更正決定(乙第五号証の一、二)。〕さらに、その後、原告が福山簡易裁判所に申立てた調停事件の係属中、もう一度後遺障害について再々申請をという原告の要求で三度目の請求がなされたが、時効完成により不認という回答に終つた。

このように原告の後遺症の有無については、すでに専門機関により慎重に審議され、その結果、「後遺症なし」と判断されているものである。

(三)  被告の抗弁

1  示談の成立

前記のように原告が後遺症認定を求めている間、被告は原告と示談のための話合いを行い、昭和五〇年一二月ころ、原告と被告間に次のとおりの示談が成立した。

(イ) 被告は原告に対し治療費一〇万三、三六〇円、雑費七〇円、休業損二九万一、三六〇円、慰藉料二二万円、合計六一万四、七九〇円の支払義務の存することを確認する。

(ロ) 右合計金から既に自賠責保険から支払ずみの金二六万四、一六六円を差引いた残額三五万〇、六二四円中、被告は原告に対し金三五万円を支払うものとし、残余の金六二四円は原告において放棄する。

(ハ) 原告、被告間には右(イ)、(ロ)で定めた条項以外に本件事故に伴う債権債務は一切存しない(乙第七号証の一、二)。

右約旨に基づき、被告は原告に対し昭和五〇年一二月二三日金三五万円を支払つた。

したがつて、仮に原告に後遺障害があるとしても、右示談により一切解決ずみであり、原告の請求は失当である。

2  消滅時効完成

仮に右示談の抗弁が認められないとしても、原告の本件交通事故による損害賠償請求権は、本件事故の発生した昭和四九年六月二七日から三年経過した昭和五二年六月二六日の満了をもつて、仮に時効起算日を症状固定日である昭和四九年一一月八日であるとした場合でも同日から三年経過した昭和五二年一一月七日の満了をもつて時効により消滅した(民法七二四条)。

(四)  抗弁に対する答弁及び原告の反論

1  抗弁1のうち、後遺症に基づく損害を別にして原告、被告間に(イ)、(ロ)の条項の示談が成立したこと、原告が右示談に基づき金三五万円を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。原告、被告間に成立した示談には後遺障害による損害は含まれず、右損害については後日の協議に委ねることとしたものであつて、被告の主張は全く事実に反する。

このように原告が後遺症による損害を別にして示談せざるを得なくなつたのは、右後遺症のため仕事が出来ず、収入が得られなくなつたにもかかわらず、被告が損害賠償金の支払を全然せず、生活に困窮を来たしたからである。したがつて、示談契約書に一切円満解決とか訴訟等一切しないという印刷文言があつても、これらは当事者の真意とは異なり、かつ、示談の内容として「その他一切として」の文言が記載されているといつても、示談を担当した保険会社の社員からは口頭で後遺症による損害は別途請求するよう言われていること、そのための請求書類を示談の席で原告が受領していることからみれば、当事者の真意を正しく表現したものとはいえない。現に、原告本人の供述を裏付けるように、示談の成立した直後から原告は後遺症診断書(昭和五一年一月八日付、乙第二号証の一)を貰い、後遺症による損害賠償請求を行つているし、示談を担当した保険会社においても右請求を受付けている。もし示談が本当に後遺症がないものとして一切の損害に関するものであれば、このような後遺症による損害賠償請求が示談後直ちになされることはあり得ない。そして、右請求に対し昭和五一年三月三〇日付書面により初めて非該当の通知がなされたのであり(乙第三号証)、昭和五〇年一二月の示談が非該当のためなされたものではないことは明白である。

2  抗弁2の事実は否認する。

(五)  再抗弁

原告の本件損害賠償請求権は、被告が昭和五二年一月二〇日ころ治療費等合計六、七〇〇円を損害賠償金として支払つているので(乙第四号証の四ないし八。これは後遺症関係の支払であり、この点からも前記示談が後遺症を別にして成立したことが明らかとなる。)、右同日ころが消滅時効の起算日と解されるところ、原告は、昭和五二年六月一七日、被告を相手方として福山簡易裁判所に本件交通事故に基づく損害賠償請求の調停を申し立て、右調停が昭和五六年五月一五日合意成立の見込がないとして終了したので、同年六月一〇日本訴を提起した。

右調停申立は民法第一四七条第一号に定める請求に該当し、右申立の時点で時効は中断した。そして、同法第一五一条によれば、和解のためにする呼出(右調停も含まれる。)において和解の調わないときは一か月内に訴を提起すれば時効中断の効力を生ずるのであるが、本訴は右調停不成立の日から一か月以内に提起されたから、時効が中断していることは明白である。

(六)  再抗弁に対する答弁及び被告の反論

再抗弁のうち、原告がその主張のとおり調停を申し立てたこと、右調停がその主張のとおり終了したこと、その主張の日に本訴を提起したことは認めるが、時効中断の主張は争う。

民事調停法第一九条によれば、「同法第一四条の規定により事件が終了した場合(当事者間に合意が成立する見込がないため、調停が不成立となつた場合)、申立人がその旨の通知を受けた日から二週間以内に調停の目的となつた請求について訴を提起したときは、調停の申立の時に、その訴の提起があつたものとみなす。」とされており、同条は民法第一四七条第一号の特別規定と考えるべきである。

しかるに、本訴はそれに先立つて行われた調停が不成立となつた昭和五六年五月一五日から二週間を過ぎた昭和五六年六月一〇日に提起されたから、右調停手続が介在していても、時効中断の効力は生じない。

原告は、右調停申立が民法第一五一条にいう「和解ノ為メニスル呼出」に該当し、同条により和解の調わない時は一か月内に訴を提起すれば時効中断の効力が生ずると主張するが、調停申立は「和解ノ為メニスル呼出」とは解することができない。「和解ノ為メニスル呼出」とは民事訴訟法第三五六条に規定するいわゆる「起訴前の和解」の意である。

(七)  再抗弁に対する被告の反論に対する原告の再反論

被告は、民法第一五一条にいう「和解ノ為メニスル呼出」は民事訴訟法第三五六条に規定されたいわゆる「起訴前の和解」のことであり、調停申立は「和解ノ為メニスル呼出」に該当しない旨主張するが、これは既に判例上確立された解釈に反するものであり、結局のところ、被告が言わんとするところは、民事調停法に基づく調停も民法第一五一条にいう「和解ノ為メニスル呼出」に該当するけれども、民事調停法第一九条の規定により民法第一五一条の一か月が二週間に短縮された、すなわち、民事調停法第一九条が民法第一五一条の特則に該当するということであろう。

しかしながら、これは右各規定の趣旨を正解しない誤つた主張であるといわねばならない。民事調停法第一九条の規定は調停申立時の手数料を訴訟手数料に流用するためのものであり、時効中断の効力に関するものではない。そのことは同条と民法第一五一条の表現方法が異なつていることから明らかである。民事調停法第一九条の規定が時効中断に関する民法第一五一条の特則であれば、「……調停の申立の時に、その訴の提起があつたものとみなす。」というような表現ではなく、単に「……内に訴を提起しないときは時効中断の効力を生じない。」という表現となるはずである。ところが、わざわざ「調停申立の時に訴の提起があつたものとみなす」という表現にしたのは、調停申立の時に訴の提起があつたものとみなされることにより調停申立手数料が訴提起の手数料とみなされるという法的効果を生ぜしめるためである。そして、この場合、調停申立の時に訴の提起があつたものとみなされることの反射的効果により、調停申立の時に訴の提起があつたこととなるので時効中断に関しては請求の一態様である「訴の提起」としての時効中断となるのであつて、調停申立による時効中断とは別物である。したがつて、調停が不成立により終了したことの通知を受けた日から二週間以内に調停の目的となつた請求について訴を提起しなくても、それはあくまでも裁判上の請求としての時効中断を主張できないだけであり、調停申立そのものに時効中断の効力を生ぜしめるための民法第一五一条の規定の適用には何ら影響はないのである。

三  証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)、2(被告の責任)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで原告にその主張のような後遺障害による損害が生じたかどうかの判断はひとまず保留し、原告に後遺障害による損害があつたと仮定して、進んで被告主張の消滅時効の抗弁について検討する。

本件交通事故が昭和四九年六月二七日午後九時三〇分ころに発生したこと、原告が右事故による受傷のため同日から治療を受けたことは当事者間に争いがなく、右事実に原告主張の後遺障害とこれによる損害の内容をあわせ考えると、原告の本件後遺障害による損害賠償請求権の消滅時効期間(三年)は事故発生日の翌二八日から進行するものと解すべきところ(初日不算入。原告が右事故による損害の発生を知つた以上、その損害と牽連一体をなす損害であつて当時その発生を予見することが可能であつたものについては、すべて原告においてその認識があつたものとして、民法第七二四条所定の時効は右損害の発生を知つた時から進行を始めるものと解すべきである)、原告が昭和五二年六月一七日被告を相手方として福山簡易裁判所に本件交通事故に基づく損害賠償請求の調停を申し立てたこと、右調停が昭和五六年五月一五日合意成立の見込がないため調停不成立として終了したこと、そのため原告が同年六月一〇日被告に対する本訴を当裁判所に提起したことは当事者間に争いがない。

したがつて、消滅時効の成否は右調停申立に時効中断の効力があるかどうかに帰するが、この点に関し、民事調停法第一九条によれば、右のように当事者間に合意が成立する見込がないため調停が成立しないものとして事件を終了させた場合等において、「申立人がその旨の通知を受けた日から二週間以内に調停の目的となつた請求について訴を提起したときは、調停の申立の時に、その訴の提起があつたものとみなす。」旨規定されている。

原告は、同条が時効中断の効力に関するものであることを否定するが、同条は、調停の申立をしても、その手続中に出訴期間が経過し、あるいは消滅時効が完成して事件が調停において解決できなかつた場合には、調停申立人は当初から訴を提起した場合に比べて不利益を蒙ることとなり、かえつて不誠意な相手方の乗ずるところともなるので、この不都合を防止するため、調停の不成立又は調停に代る決定の失効の場合に、申立人がその旨の通知を受けた日から二週間以内に調停の目的となつた請求について訴を提起したときには訴訟係属の効果を調停申立の時に遡及させることにしたものであつて、同条が原告主張のように調停申立時の手数料を訴提起の手数料とみなすための規定とは到底解されない。民事訴訟費用等に関する法律第五条第一項は、右の場合等の訴提起の手数料について調停中立時に納めた手数料相当額は納めたものとみなす旨規定しているが、これは調停の申立と訴の提起により得るべき経済的利益が実質上重複することを考慮して、主として調停申立人の訴権の実行を容易ならしめる趣旨で特に設けられたものと考えられ、民事調停法第一九条が訴訟係属の効果を調停申立の時に遡及させたこと自体から当然に生ずる結果ではなく、右両規定の間に自動的、必然的な結びつきを肯定することはできない。原告がその主張の根拠として挙げる「調停申立の時に訴の提起があつたものとみなす。」との条文の表現は、出訴に伴う時効中断だけでなく、占有関係訴訟のように出訴期間の定めのある場合を考慮し、これらを含めて訴訟係属の効果を調停申立の時に遡及させるために用いられたものと理解されるのであつて、いずれにせよ原告の主張は失当というべきである。

右のように民事調停法第一九条が出訴に伴う時効中断にも関係することは明らかであり、同法制定以前は判例上一般に和解の性質を有する調停の申立について民法第一五一条を類推適用して時効中断の効力が認められていたが、民事調停法制定後は同法第一九条が民法第一五一条の特則として後者の規定する一か月内の訴提起期間が前者の規定する二週間以内に修正されたものと解するのが相当である。

しかるに、原告は前記のとおり昭和五六年五月一五日調停終了後二週間以上経過した同年六月一〇日に本訴を提起したものであるから(なお、民事調停法第一九条の文言上は申立人が調停終了の通知を受けた日から二週間以内とあるが、調停申立人が調停期日に出頭して口頭による調停終了の告知を受けたときは改めて通知を要しないものと解すべきところ、成立に争いのない甲第七号証によれば、申立人が昭和五六年五月一五日の調停期日に出頭して調停終了の口頭告知を受けたことは明らかである)、調停申立により時効中断の効力を生ずるに由なく、原告主張の後遺障害による損害が仮にあつたとしても、消滅時効が完成したものというべきである。

原告は、調停申立の時に遡つて訴の提起があつたものとみなされることによる民法第一四七条第一号の請求としての時効中断とは別に、調停申立そのものによる民法第一五一条の時効中断が成立する旨主張するが、民法第一五一条による時効中断が民法第一四七条第一号の請求の一種に属するものとして認められていることを無視した独自の見解であつて、到底採用することができない。

三  そうすると、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安井正弘)

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